

10月の聖句
「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」
ローマの信徒への手紙12:15
10月のメッセージ
今津幼稚園 後藤 聡
二学期、幼稚園はさまざまな行事が続きます。一つ一つが、子どもたちの歩む糧(かて)になると信じています。
「ローマ信徒への手紙」は、初期の教会の重要な人物であるパウロの著作ですが、彼は主イエスが宣教活動していた時期には出会っていません。それどころか、ユダヤ教のゴリゴリの人物で、むしろ新しく起こった「キリスト教会」に集う人々を弾圧する側でした。
ところが、ある日、主イエスの「幻」と出会い、「回心」して教会の伝道者となったのです。初期の教会はユダヤ教のおひざ元であるエルサレムで宣教していましたが、パウロは地中海沿岸で活動し、それぞれの町にあるユダヤ人の会堂(教会のような場所)を中心にして教えていました。そこには異邦人と呼ばれる外国人(ギリシア人やローマ人など)も集まってきました。この異邦人たちは(旧約)聖書の知識はあまりなく、神さま、神の国、あるいは愛、救い主、復活などを理解するのは簡単なことではありませんでしたが、人間が神さまの前でどのように生きるか真剣に考える人々でもありました。当時のローマは、世界に君臨する大帝国です。パウロは、そこで宣教活動するのが夢でした。当時世界の果てだと思われたイスパニア(スペイン)にまで行きたいと願っていました。
キリスト教は「隣人愛の教えである」とはよく知られていることと思います。主イエスは、奇跡的な行為や弟子たちや人々に語りかけた話を通して愛を教えました。自分とは違う人間であっても、神さまの前では同じであること、だから尊重し、大切にしあうことを語ったのです。パウロはエルサレムから遠く離れているユダヤ人や異邦人に、どのような生き方をするかを説きながら、「何が善いことで、神に喜ばれるか」を考え、新しい生活をするように促しました。
では、具体的にどうしたらいいのか、パウロは「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」と呼びかけたのです。人間の感情は複雑です。喜んでいる人をみると、かえって嫉妬することがあります。泣く人がいれば、それは自己責任だとののしることがあります。これでは「愛」は生まれません。上から目線であったり、陰謀が渦巻くことさえあります。
幼稚園も教会も、あるいは職場や社会でも、さまざまに違う人間が集まるとなかなか人間関係で難しいことがあります。悪意があってもなくても関係がぎくしゃくすることがあるのです。
「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」には、「共」の字が二回出てきます。何よりも共感することが大切です。共鳴という言葉もよくつかわれます。相手の気持ちを自分も感じることです。共喜、共苦という熟語はパソコンでは出てきませんが、この共喜、共苦によって共助、互いに助け合いが生まれ、共生、互いに支え合いながら生きることにつながるのです。人間は一人では生きられません。自分ではない、たとえ家族や親友であっても、関係を作らなければならないのです。社会にはもっと複雑な人間関係があり、また初めてあった人でも何かをしなければと思わされることがあります。他人であっても、敵であっても、神さまから造られた同じ人間なのです。
幼稚園の子どもたちは、今、人生の根っこを伸ばしていこうとしています。少ない人数ですが毎日の幼稚園生活の中で、共感するこころを育んでいるのです。


